新しい時代の、新しいパパ像とは?

安藤です。

何年ぶりか、ブログ始めました。よかったらお付き合いください。

ファザーリング・ジャパン(FJ)。日本初の父親支援のNPO。今年で設立12年目になります。

4月は期が変わるので、代表理事として5月に開催の通常総会で「今年の指針」みたいなトークをしないとです。今後の事業の方向性について考えるにあたり、FJの理事や顧問らとここ1~2週間、議論を重ねてきました。

「イクメンもイクボスも、子育て支援もWLBも、なんか一巡した感じがあるね」

「父親支援で考え得る事業は、だいたいFJで網羅できている」

「そして日本の父親はどこに向かおうとしているのか?」

「ポスト平成&人生100年の新しい時代における、新しい父親像や役割をそろそろFJが明示すべきではないか(世間はFJにそれを求めてくるのではないか?)」

などで意見が一致しました。

 

今年のFJでは、既存の事業は継続しつつ、この新しいテーマを今年度FJで発信(問題提起)していきたく思います。

父の日前の6/6(水)、このテーマで緊急フォーラムを東京で開催します。(←GW明けに情報リリースします!)

ちなみ2年前からそんな風なことを考え始め、2016年の『FQ JAPAN』にコラム寄稿していました。

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『新しい時代の、新しい父親像』by 安藤 哲也

ここのところ「新しい父親像」についてずっと考えている。

ここ数年で「イクメン」は確かに増えたが、母親と同様に甲斐甲斐しく育児家事をやるだけの父親、ダブルマザー化したパパを「本質的な父親」と捉えることができるだろうか?という疑問が、かつてより僕の中に燻っている。

また最近記事化した『パタニティブルー』『家事ハラ』(本来の意味と違うが)、AERAやNHKクローズアップ現代の特集『男がつらいよ』など、男性に関するネガティブなものが喧しい状況は明らかに「揺り戻し」だ。

また自治体の両親学級で「よい父親になるための勉強に熱心なプレパパたち」の登場は頼もしさの反面、育児でも仕事のように完璧を目指しリスクヘッジに走るきらいがあるように思う。さらにファザーリング・ジャパン(FJ)のセミナーでは育児が始まって数年経ったパパたちからマジ顔で、「安藤さん、父親ならではの子育てって何ですか!?」と詰問してくる人が増加している。そうしたパパたちの様子を観ても、そろそろ「父性再考」の時代が来ている気がするのだ。

フランス父親事情けれどもこうなることは最初から分かっていた。FJを始めた頃に出版され読んでいた『フランス父親事情』には、80年代にフランスでも「めんどりパパ現象」が起きていたと記されていて、その情況はまさに現在の日本の「イクメンブーム」と酷似している。

「たぶん日本もそうなるだろうな」と、僕も折込み済みで父親育児を推進したのだが、やはりそうなった。でも「男性育児の社会化」にはまずこのフェーズが必要だったと思うから、ブームはある種の「通過点」としよう。現在の日本の父親情況は30年前のフランスであり、まだ発展途上の中にあるのだ。

そして今後ようやく「量から質への転換」が始まる。遠からず「イクメン」という言葉が消滅するとき、父親像のポストモダンが生まれるはずだ。それはおそらく、「おやじの背中」という言葉に象徴される「威厳」や「支配力」を要諦とするかつての「家父長型の父性」ではなく、「新しい時代の、しなやかな父性」を携えた姿になるはずだ。

現代の「母性化した家庭・地域」は子どもにとっても生きにくいはずだ。子どもの育ちにとって、「母性と父性のバランスよい共存がある環境」こそが、おそらく重要で、ファザーリングの第2フェーズにおける目標はそのあたりに係ってくると思う。

「新しい時代の、新しい父親像」。あなたはどうお考えですか?